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作業療法士の観点‐シルバーeスポーツ‐
BASラボは、eスポーツが人々に及ぼす多岐にわたる好影響に着目し、
スポーツ科学の専門的な視点からその可能性を追求しています。
中でも、福岡県広川町のeスポーツ地域活性化事業は、その重要な研究テーマの一つです。
この事業では、研究チームに加え、医療専門職である作業療法士との本格的な連携を開始。
高齢者の方々が安心して安全にeスポーツを通じた交流を楽しめる場を提供しています。
今回、この革新的な取り組みを牽引する作業療法士チームのリーダー、
大川照明先生にインタビューし、その熱意と展望について深く掘り下げました。
作業療法士×eスポーツ‐生活行為を支える専門家の新たな視点‐
作業療法士の大川照明です。
BASラボの広川町受託事業に参画し、eスポーツ体験会や人材育成を担当しています。
大川照明先生: 作業療法士の大川照明と申します。
BASラボ様が広川町より受託された事業に参画し、eスポーツ体験会の企画・運営や、
地域の人材育成を担当させていただいております。
私たち作業療法士(Occupational Therapist、略称OT)は、
食事、入浴、着替え、移動、仕事、趣味といった、人が日々営む「生活行為」を支援する医療専門職です。
これらの生活行為は、一つでも困難になると日常生活に大きな不自由をもたらします。
作業療法士は、その方が少しでも自分らしく快適な生活を送れるよう、
専門的な知識と技術をもってサポートを行っています。
長年にわたり多くの患者様と向き合う中で、eスポーツがシルバー世代や身体的なご不自由をお持ちの方々に
想像以上の良い影響を与えるのではないかと以前から注目していました。
現在では、福岡市内の各公民館と連携し、地域の子ども世代とシルバー世代が共に楽しめる
eスポーツ体験交流会を企画・開催する活動にも力を入れています。
実は、私だけでなく、全国の作業療法士の中には、重度の身体的な障がいをお持ちの方や認知症の方々に
eスポーツを通じて喜びや楽しみを提供しようと積極的に取り組んでいる仲間が増えています。
医療専門職が最も重視する安全管理リスク管理
日本でeスポーツが広く認知されるようになって数年が経過しました。
広川町で進行中の3か年計画は、eスポーツを核として、普及、交流、研究を包括的に推進し、
地域活性化を目指す画期的な事業であり、その先進性に感銘を受けています。
個別のeスポーツ活動は各地で見られますが、この3つの要素が有機的に連携している事例は稀であり、
多職種がそれぞれの専門性を活かす連携の賜物と言えるでしょう。
特に、私たち作業療法士チームが担当する「普及(人材育成)」と「交流」の側面は、
視察にお越しになる方々からも「他とは視点が異なり、素晴らしい取り組みですね」
と評価していただくことが多いです。
作業療法士をはじめとする医療専門職は、eスポーツ体験会を実施する際、
何よりも「安全管理」「リスク管理」を最優先に考えます。
特に、シルバー世代の方々を対象とする場合は、細心の注意を払います。
参加される方を、単なるゲーム体験者としてではなく、
日頃から健康状態に配慮が必要な「患者様」に近い視点で見守ることが、私たちの専門性であると考えています。
※体験会前のバイタルチェック
体験会にご参加いただく前には、必ず血圧などのバイタルチェックを実施します。
これは、eスポーツに関わる方々にはあまり馴染みがないかもしれませんが、
安全にアクティビティを楽しんでいただくためには、事前の体調管理が極めて重要です。
会場の設営段階から、
「転倒のリスクがある場所はないか」
「ゲーム中の感情的な高ぶりによる体調変化の可能性はないか」
など、参加された方が安全に体験を終え、笑顔で帰宅されるまでのあらゆる状況を想定し、対策を講じています。
eスポーツの中心にある「人」という視点
安全管理への配慮は、イベント開催中も継続されます。
例えば、太鼓の達人をプレイしていただいている際には、私たちはゲーム画面を見るだけでなく、
参加者の方の表情、視線、身体の動きを注意深く観察しています。
急な体調の変化はないか、今何に注目し、どのようなことに意識を向けていらっしゃるのか、
ゲームの内容を理解されているか、集中して楽しめているかなど、観察すべき点は枚挙にいとまがありません。
私たちの活動は、競技性を重視する一般的なゲーム大会とは一線を画しています。
ゲーム大会では、特定のゲームタイトルが注目されがちで、どうしてもゲームそのものが中心になりがちです。しかし、私たちのeスポーツ活動においては、あくまで参加される「人」が中心です。
どんなに人気のあるゲームタイトルであっても、その方の興味や理解度に合わなければ、有意義な体験とは言えません。シルバー世代の方々に積極的にご参加いただいていますが、何よりもその方ご自身の反応を丁寧に観察し、「中心は人」という視点を常に大切にしながら、活動を推進していきたいと考えています。
認知症予防の観点は
太鼓の達人やグランツーリスモ、
そして熊本県の作業療法士の方々が開発された「UDeスポーツ」は、
認知症予防に特に有効ではないかと、個人的には強く感じています。
シニアも楽しめるUDeスポーツ
認知症は、歩きながら考える、電話をしながらメモを取るなど、
二つのことを同時に行う「二重課題」が困難になっていくという特徴があります。
その点、これらのゲームは、腕や手を比較的大きく動かす動作が伴います。
参加者の方が、何とも言えない良い表情でゲームに集中されている様子を見ると、
「やはり脳にとって非常に良い影響があるに違いない」と確信しています。
認知機能にどの程度影響があるのかという科学的な検証は、
夏目教授の研究チームがご担当くださっていますので、
この点においても大変頼もしい事業だと感じています。
地域活性化の鍵:地元の人材育成
本事業では「普及」を単なるeスポーツの紹介ではなく
「地域を支える人材育成」と捉え、積極的に取り組んでいます。
eスポーツを通じた地域との繋がりや地域コミュニティの構築には、何よりも地元の人材の力が不可欠です。
地域のコミュニティ施設(高齢者サロンや通いの場など)では、
デジタル機器(ゲームなど)の設置や運用ができる人材が不足しているのが現状です。
本事業が終了した後も、地元の方々が主体となって永続的に運営していくためには、
地域の人材育成が喫緊の課題となっています。
そこで本事業では、町内において健康ゲーム指導士の養成講座を開講しました。
さらにステップアップ講座も開催し、これまでに20名の方が地域で活躍できる実践的な人材として
登録されました。
今後も、体験会や町役場でのイベントに共に参加していただき、経験を積み重ねていただく方針です。
この人材育成においては、医療専門職のような視点や知識を必ず身につけていただきたいと考えています。
参加世代ごとにどのようなリスク管理が必要か、シルバー世代にはどのような特性があるのか、
予防すべき「認知症」とはどのような病気なのか。
一見するとeスポーツとは直接関係がないように思われるかもしれませんが、「人が中心」である以上、
これらの知識は非常に重要です。
今後も、スキルアップ講座などを通じて、人材育成の内容に積極的に盛り込んでいきたいと考えています。
大川照明先生 医学修士 作業療法士 健康ゲーム指導士
福岡天神医療リハビリ専門学校校長/特定非営利活動法人多世代交流ネットワーク協会理事長
作業療法士として熊本自衛隊病院勤務を経て平成3年から都築学園福岡天神医療リハビリ専門学校に教員として勤務。医学修士・健康ゲーム指導士。令和3年より校長を務める。