メンバー紹介

古門良亮博士 西日本工業大学

一般社団法人行動評価システム研究所(BASラボ)スポーツビジョン部門ディレクターの古門良亮です。
スポーツ心理学、行動認知心理学、人間工学、データサイエンスを専門としています。

特に、スポーツなど人が活動する際の「知覚認知」の研究に力を入れて取り組んでおり、BASラボではスポーツビジョン測定、知覚認知能力研究、eスポーツのパフォーマンス評価研究、データの統計解析を担当しています。

スポーツ心理学における「知覚認知」とは

スポーツ心理学は、スポーツに関わる課題を心理学的側面から明らかにして、スポーツの実践や指導に科学的知識を提供する学問です。(詳しくは磯貝浩久教授を参照)

「知覚認知」はこのスポーツ心理学の広い研究課題の一つです。人は外からの情報を感じ取り(=入力)理解して(=情報処理)行動する(=出力)ことを繰り返しているのですが、このうち入力・情報処理の部分が知覚認知です。

わたしは小学校からずっと大好きなサッカーをしておりました。サッカーはボールがあって両チーム合わせて22人の選手がそれぞれ同時に動き、相互連携のなかで攻守を繰り広げる複雑なスポーツです。これまでたくさんの優れたサッカー選手とプレーする機会がありました。

「いったい、優れた選手は何が優れているのだろう??」「早く上達するには何が必要だろう」という疑問を知覚認知の面から探求したいと思い研究しています。

専門的知識・スポーツビジョン・視線…いくつかのキーワードと具体的な事例でお示ししてみたいと思います。

ープレー記憶の再生ー 熟練選手の状況判断の手がかり

優れた選手が状況判断力に優れている事は言うまでもありません。この状況判断力は、その競技への優れた「専門的知識」が影響しているといわれています。(知識構造)

そこでサッカー経験のないグループとサッカー競技者のグループにそれぞれ同じプレー動画を見せ、どの程度まで詳しく記憶しているか?定量的な研究を行いました。

サッカーの試合における複雑なプレー場面(ポストプレー、カウンタークロス、アーリークロス、インターセプト)を編集した30秒ほどの動画を見てもらい、どの程度詳しく覚えているかテストするという内容です。

すると、この2つのグループは得点に繋がるプレーについてはほぼ同様に記憶していたものの、そこにいたる組織化されたプレー(ワンツーパスなど)、さらにはそれぞれの選手の個人プレー(ドリブルなど)についての記憶力には大きな差がつきました。

いくつかのテストの結果、2つのグループに記憶力そのものの差は無く、試合中の効果的な運動の仕方に関する知識に大きな差がありました。

これにより、サッカーの状況を理解する能力には、一般戦術やプレー方法といった行為に関する専門的知識(手続き的知識)が大きく影響していることが確認できました。多くの熟練選手は試合の経験によりこうした専門的知識を得ていると思いますが、サッカー上達のためには、練習の中に専門的知識の勉強会を取り入れるなども有効なトレーニング方法ではないかと思います。

スポーツビジョン研究

スポーツにとって重要な眼の機能のことをスポーツビジョンといいます。

静止視力をはじめ、瞬間視・横動体視力など8項目の視機能を評価するスポーツビジョン診断システムを利用して、様々な人のデータを測定・分析・評価し、眼とスポーツの関係について研究しています。BASラボではこの8項目測定の機器を完備し、プロ野球球団やJリーグの選手など多くのスポーツアスリートを対象に研究を実施しています。

競技種目などにより違いがありますが、トップアスリートはこのスポーツビジョンに優れていることが知られており、測定のたびに驚かされるシーンを多く経験しています。

複数対象追跡(MOT)スキル

視界にある複数の物体を同時に眼で追いかけることを複数対象追跡(MOT)といいます。MOTは知覚認知能力の一つで、これはスキルとして捉えることができます。

MOTスキルは、クルマの運転や人混みを歩くときなど日常生活でも重要であり、認知機能との関わりが深く、実はトレーニングすることが可能です。

MOTスキルの測定や訓練方法として世界で最も評価され用いられているツールが、BASラボの手がけるニューロトラッカー(NeuroTracker)です。サッカー、バスケットボール、ラグビー、ホッケー…スポーツのなかでもボールを巡って複数の選手が激しく動く競技においては特に重視されますね。開発されたカナダだけでなく、北米やヨーロッパなど数多くの国でさかんに取り入れられています。

そこで、スポーツアスリートなどの若い世代から高齢者まで幅広い世代を対象にMOTスキルが及ぼす効果について検討しています。

いつどこを見ている?!ー視覚探索方略ー

優れたスポーツ選手はいつどこを見てどのように情報収集を正確で素早く行っているか。これを視覚探索方略といいますが、とても興味深いですよね。もしこれからその競技の上達を目指す選手がいたら、見方を変えるだけでパフォーマンスアップにつながるかも知れません。視線分析の結果によると、熟練選手ほどボールへの注視にとどまらず次のプレーを予測した視線の動きが顕著にみられました。ボールウォッチャーという言葉をよく耳にすると思いますがこのように実際に数値データで示されているのです。

また、フィールドに多くの選手が入り乱れるような動的で複雑なサッカー場面で優れたパフォーマンスを発揮するためには何が大事になるでしょうか?詳細は割愛しますが、優れた瞬間視(スポーツビジョン項目の一つ)、高いMOTスキル、広範な視線の動き、そしてそのスポーツの文脈情報から次に起こるであろうプレーを正確に素早く「予測する」視覚探索方略が重要になります。

スポーツパフォーマンスの発揮にとって、どれか一つだけの能力が優れていれば良いということではありません。眼や耳などの感覚器への情報の入力、情報の処理、行動といった全てのフェーズと関わるものをバランスよく考えることが必要なのです。

仕事の喜びー出会いと人々へのフィードバックー

わたしがこの道に進んだのは九州工業大学で磯貝浩久教授と出会った事がきっかけでした。

幼少の頃からサッカーに打ち込みましたが、磯貝教授もサッカーを愛していて研究しているとうかがい、「サッカーで研究っていったい何をするのだろう?」と興味をもちました。4年次に磯貝研究室のゼミ生としてスポーツ心理学を学ばせていただき、初めて研究に取り組みました。わたし自身はもともと勉強が好きではなく不安を覚えていましたが、いざ研究に取り組んでみるととても楽しかったことを今でも覚えています。

研究に対しては、答えのない問いに対して、様々なアイテムを駆使して攻略していくというゲーム感覚で取り組むことができました。まだ社会の中で明らかにされていない事象について、自分なりに仮説を設定して、様々なツールを使ってその問いに接近していく過程にやりがいを感じています。

スポーツ心理学は、スポーツの実践や指導に科学的知識を提供しようとする立場の学問です。磯貝教授の教えはまさにその本道を志したもので、わたし自身の原動力ともなっています。スポーツビジョンをはじめ様々な研究対象として大学スポーツチームなどを訪問する機会に恵まれましたが、これまで得られた知見をお話しすると指導者や選手の皆さんが真剣に聞いてくれ、明日からの競技に役立てようとしてくれます。

研究をさせていただく立場として、研究を研究で終わらせない、人々のお役に立てるという実感がとても嬉しいですね。

アスリート、子供、高齢者など老若男女を問わず何かに困っている人のパフォーマンス向上に貢献したい。

BASラボという組織を通じて、多くの人との出会いが生まれる。私ひとりでは実現できないことでも、BASラボにいらっしゃる先生方や企業の方と協力することで素晴らしいシナジーが生まれると確信しています。

知覚認知研究の展望

デジタルゲームが人間に与える様々な影響についての研究がさらに進むと思っています。たとえば、デジタルゲームが若者や高齢者の認知機能に及ぼす効果について、多くの学術分野による独自の視点で研究が進んでいくでしょう。

純粋な娯楽としてのゲームだけでなく、シリアスゲーム(注/社会課題の解決を目的として作られているもの。教育や啓発のゲームとも)の登場もあり、大きな発展の可能性を秘めた分野とみています。近年では、軽度認知障害(MCI)の予防にパソコンやゲームの効果がある可能性も報告されています。

さらにデジタルゲームがeスポーツとして加速度的に発展していくなかで、サッカーやバスケットボールなどリアルスポーツで活用されているトレーニング方法がeスポーツ分野においても援用できるかどうかについて研究が発展するものと思われます。また、ゲーム依存症などの社会問題を考慮して、実際のゲームプレイを伴わないeスポーツプレーヤーのトレーニング方法も提案されると思います。